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「別れる理由」は気にならない

 

 

 

 『別れる理由』は、「別れる理由」を探している小説である。だが、誰と誰が別れるのか、何と何が別れるのか、それすらも分からない。ただ、そこには、何らかの「理由」が存在して、対象を見失いながらもその「別れる」という運動は続けられる。あるいは、その逆に「別れる」という運動が存在することによって、事後的に「理由」は産出されて、小説の方に送り返されてゆくのかもしれない。芳川泰久(2005)の言うようにこのような原因と結果の転倒は小島信夫の作品には、例えば、「『抱擁家族』ノート」の「この夫婦は心が病んでいる。それが肉体にあらわれる。乳ガン。乳ガンが事件の原因なのかもしれない。だから一層困る」という記述が指し示すように「そもそも、心の病んでいるのが、『肉体にあらわれ』たのが『乳ガン』であれば、それは紛れもなく、ひとつの結果である。加えて、小説のなかの時間順序からしても、アメリカ青年との『事件』のあとの、いくつもの軋轢を経て時子の『乳ガン』がわかる以上、『乳ガンが事件の原因なのかもしれない』という発想には、明らかに原因と結果の転倒が仕組まれて」[1]いるのではないか。というよりも、もっと言えば「乳ガンが事件の原因なのかもしれない」の「かもしれない」から、その原因と結果の転倒を超えて、作者である小島信夫自身がその「理由」を信じ切れていない、そしてまた新たな「理由」を探し求めているような印象を受ける。もしくは、あるひとつの「理由」が見つかった瞬間、「かもしれない」としか認識することが出来ない不確かさに「だから一層困る」のではないか。そして、その「かもしれない」という不確かさにより生み出された穴を埋め合わせるために、別の「理由」が求められる。そして、その「理由」の「理由」を、「理由」の「理由」の「理由」を……その悪循環は終わることはないだろう。むしろ「理由」が探しだされ、あるいは作り出されるたびに、その痛痒はますます激しいものになってゆくだろう、そしてまた新たな「理由」を探さざるを得なくなるだろう。結局のところ、「理由」を探し続ける運動は終わることはない。

 もしかしたら、その運動は小説が終わっても続けられるのかもしれない。というよりも、この小説に果たして終わりはあるのか。さらに問いを進めて、小説の終わりとは何か。あるいは―――そして、これが本質的な問いだが―――そもそも、小説とは何か。

 『別れる理由』という小説は、昭和四十三年から五十六年三月まで雑誌『群像』に連載されていた。まず、「町」と題された連作短編シリーズ(『群像』一九六八年一月-同年九月)で、次の九作の短編から成り、後にこれらすべて『ハッピネス』(一九七四年一月、講談社)に収録されることになる。「山へ登る話」「多角経営」(後に「小さな神様」に解題)「二度の訪問」「美わしき涙」(後に「美わしの涙」に改題)「あいびき」「ヨモツヒラサカ」(後に「よもつひらさか」に改題)「危険な関係」(後に「石遊び」に改題)「挨拶」(後に「モグラのような」に改題)「ある日、町を出て」(後に「ワラビ狩りに」改題)。当初の予定のうちでは、『別れる理由』は、これらの連作の一部として構想されていたが、「だんだんふくらんで」長編となった。 [2]

 

 

(…)『別れる理由』という長編小説は、単行本の第Ⅰ巻丸ごと、すなわち原稿用紙千枚以上ついやして、基本となる時制が数時間しか動かない。つまり一九六八年の晩夏あるいは初秋のある日の午後から夜にかけての前田永造の家のリビングルームでの永造と妻京子、さらに京子の友人山上絹子の三人の会話を中心に物語が進んで行く。しかしその間に、永造の死別した先妻陽子、彼らの間の息子啓一と娘光子、さらに京子の別れた夫伊丹や彼女がそこに残した息子康彦、そして京子と絹子の友人の会沢恵子とその夫のエピソードなどが、時制を交差して、語られて行く。つまり、作品世界の「今」、リアルタイムの話だと思うと、ふいに過去のエピソードが並置――しかもコロキュアルな形で――されたりしている。[3]

 

 

 この小説の前半が、永造と京子の夫婦を中心として進行してゆく。永造と京子は再婚しており、そこに死別した陽子との記憶や、京子が前の夫との子供(そして、ほとんど姿を現すことはないが)息子康彦という複雑な家庭の事情に加えて、彼らに関係する人物も複雑な家庭の事情を抱えており、物語が進むにしたがって複雑な関係はその複雑さの度合いを増してゆくだろう。我々が、『別れる理由』の前半を読んだときに感じるのは、そのような「現実」と呼ばれるもののどうしようもなさ、その複雑に絡み合った糸を解こうとするが、むしろ解こうとすればするほどより一層複雑になってしまうどうしようもなさである。では、そのように複雑に絡みあったものをどのように解けばいいのか。この瞬間、神話という大きな物語が要請されることになる。それは永造がアキレスの馬に生成変化することによって、その現実の複雑さを解消しようとする。しかし、果たせるかな、むしろ、それは、解消というよりは、新たな複雑に絡まってゆくしかないのではないか。この小説が1968年の学生運動から始まるのは象徴的であるのだ。その学生運動の失敗(あるいは、既にその前から?)と同時に遠近法が喪失して、全てが平面的なポストモダンの時代に突入することになる。『別れる理由』が常軌を失った運動を始めるのもそのような時代の突入と決して無関係ではない。「大きな物語」が不可能な時代に「大きな物語」を作り上げようとしてもそれは失敗が運命づけられているだろう(「白い粉」を使ってでもその神話的なオルギアを続けようとするがむなしい徒労に過ぎない)では、そのような「大きな物語」を作り上げることの失敗の後に、無数の「小さな物語」が散らばった空間を、しかし、何としても小説を書かなければならない時に、むしろ、その空間を「小さな物語」で満たすことによって複雑な関係を、複雑な関係のまま、あるいは、その複雑な関係を限界まで押し進めることによって、内部と外部が繋がってしまう瞬間、そんな瞬間をただひたすら目指して『別れる理由』は暴走を暴走のまま肯定することになる。それは、小説の登場人物であるはずの永造から作者である小島信夫に電話がかかってきたときに、「現実」と「虚構」あるいは、「内部」と「外部」が捩れ繋がってしまうのだが、小島信夫の存在する「現実」に永造が侵入するというよりは、作者である小島信夫が「虚構」の世界に侵入するのかもしれない。どちらとも取れるし、どちらとも取れないかもしれない、そう、この判断停止、どれが「現実」であり、どれが「虚構」であるのか、そして最初の問題に立ち帰ることになるが、小説とは何かという問題にも関わってくるだろう。しかし、その問いには答えられることはない、あるいは、最初から答える気はないのかもしれない。むしろ、その問題に何度も立ち帰りながらも、その問いははぐらかし続ける。何故なら、その問いにひとつの答えが与えられた時、それは小説に「別れ」を告げることになるだろう。つまり、「別れる理由」というのは、「別れられぬ理由」を確認してゆくことに他ならないのではないか。

 

 

 こういういい方は、大ゲサのようにきこえるかもしれないし、また、私という作者の不決断をあらわにするように受けとれるかもしれないが、この小説の長さは、一つには、「別れられぬ理由」がどうしたら「別れる理由」に近づくことができるか、のもどかしい足取りのせいなのである。[4]

 

 

 「この小説の長さは、一つには、『別れられぬ理由』がどうしたら『別れる理由』に近づくことができるか、のもどかしい足取りのせい」なのであれば、「別れる理由」の背後には「別れられぬ理由」が存在するのだろう。「別れる」という運動は、どうしようもなく「別れられぬ」ということを再認識してゆくことに他ならないのではないだろうか。小島信夫という作家は、『別れる理由』以降、より「現実」と「虚構」その境界を絶えず脱構築してゆくような長編、短編を数多く執筆することになるが、「現実」が小説(「虚構」)を規定するのではない、むしろ、「虚構」が「現実」を更新し続けるのだろう。

 

 

小島信夫長篇集成〈第4巻〉別れる理由〈1〉

小島信夫長篇集成〈第4巻〉別れる理由〈1〉

 

 

 

小島信夫長篇集成〈第5巻〉別れる理由〈2〉

小島信夫長篇集成〈第5巻〉別れる理由〈2〉

 

 

 

小島信夫長篇集成〈6〉別れる理由〈3〉

小島信夫長篇集成〈6〉別れる理由〈3〉

 

 

 

[1]芳川 泰久,2005,「巣穴と接続詞」『水声通信 No.2 (2005年12月号) 特集 小島信夫を再読する』,p.61

[2]柿谷浩一,2015,「解題」『小島信夫長篇集成〈4〉別れる理由〈1〉』,水声社,pp.663-664

[3]坪内祐三,2005,『「別れる理由」が気になって』,講談社,pp.40-41

[4]小島信夫,2015,『小島信夫長篇集成〈6〉別れる理由〈3〉』,水声社,p.622