牧野虚太郎未収録詩編

 

鮎川信夫研究―精神の架橋 (学術叢書)

鮎川信夫研究―精神の架橋 (学術叢書)

 

 

 

 必要から宮崎真素美の『鮎川信夫研究――精神の架橋』を読み直していたが、牧野虚太郎についての章で鮎川信夫が編集した『牧野虚太郎詩集』に収録されなかった詩が二篇掲載されていた。

 

「静かな室」

 

窓の機械は雰囲気に折れた

空間の沈黙が尖った鏡にすがり

濡れた化粧からは何も落ちてこない

 

一人のねぢが夜の愚かさを開く

ガラスの形態があふれて

新しい友人の旅行が流れた

 

烏を叩いて通る速力が見え

独り色彩のない報告が許された

所有は小さな教会をかこみ始める

 

肩に迫る輪のない噴水

それが受胎のまゝに呟かれ

涙一つその恒久性が拡大した。

 

象牙の位置」

 

沈黙が破られて一杯の水がくまれ

泡沫の中に鏡の態度を迫る

透明を速く呼びながら

みづからを超えて

胎動の新しさに出発した

 

あなたの細い時間を返して

高い道を歩く

すべてがすべてに倒れ

噴水を集めては転落の日を数へてゐた

私は静かに黎明を操つている

 

眠りが許され

野菜の生活が許され

あなたの奏する腰の雰囲気では

交差点が小さく響き

あなたの笑ひすぎて

私の職業に涼しさが消へり

出血の夜みなれない友を迎へた

 

自殺のために

しかし一塊の抽象を叩き

あなたを忘れる成熟の中で

眼鏡の疲れをふき

夜のあたひに叫ぼうとする

 

樹上の淋しさよ

窓に答へて

あなたの大きさを盗みたいと思ふ

 

 この二篇は、昭和14年2月の『LE BAL』19号に掲載されたようだ。発表順で言えばちょうど、『牧野虚太郎詩集』に収録されている「破れた靴下」と「フルーツポンチ」の間に位置する作品であり、最終期のような凝固されて強度を持った詩(例えば、「鞭のうた」「復讐」)と比べるとやや緩慢な印象を受けないでもない。もちろん、「眠りが許され/野菜の生活が許され/あなたの奏する腰の雰囲気では/交差点が小さく響き/あなたの笑ひすぎて/私の職業に涼しさが消へり/出血の夜みなれない友を迎へた」の部分は、さすがとしか言いようがない。澱みなく才気走っている。